慶應大学ホームページにひーたんのインタビュー記事が掲載!…そしてお祝い!!

慶應義塾大学のホームページにひーたんのインタビュー記事が掲載されました!

こんにちは!ひーたんです✨

つい先日、僕の通う慶應大学のホームページに、
在学生代表として、僕のインタビュー記事が掲載されました!!!!

↓↓↓こちらのリンクになります↓↓↓

慶應義塾大学理工学部 物理情報工学科 在学生インタビュー

ハッピーわくわくプロジェクトのブログでは
これまで、基本的に”顔出しせず”の投稿でしたが

2ヶ月ほど前に今回のインタビューを受けるお話をいただき
それは僕にとって、そして僕とわかなのふたりにとって
非常に喜ばしいことだったので

今回のインタビュー記事が掲載されたら
特に顔も伏せずに、ブログに思いを綴ろうと考えていました。

改めて、ひーたんの自己紹介

インタビュー記事に掲載された写真以外にも、使われなかった写真が何十枚もあるので、せっかくなのでこちらのブログで載せちゃいます笑(当日は4時間ぐらい撮影しました笑)

さて、このハッピーわくわくプロジェクトのサイトを立ち上げてから
かれこれ4ヶ月ほど立ちますが、

プロフィールや自己紹介等
僕たちの身の上についてほとんど触れていなかったので
改めてここで簡単に。

僕は現在、慶應義塾大学大学院の修士1年生です。
物理学系の研究をしています。
栃木県宇都宮市で生まれ、市内の高校を卒業後は、慶應大学の理工学部に入学。
3年生時に研究室に配属になり、そのまま慶應大学を卒業後、同大学大学院に進学しています。

以前の記事にも書きましたが、僕は母子家庭で育ちました。

家計は母一人で支え、母も正社員ではなく契約社員のため
不安定な収入の中、裕福な生活とはとても言えませんでした

僕は幼いながらもなるべく母には負担をかけたくないと思い、
また、生まれた家庭環境を理由に、特に金銭面を理由に
自分の道を閉ざすことはしたくありませんでした。

中学・高校は市内の私立中高一貫校に入学しましたが、
入試の際に成績上位者への「奨学金制度」があったので
これを目標にして入試に臨み、
中高は授業料その他諸経費等一切かからずに進学できました。

ちなみに、母は「塾へ通ってもいいよ」と言ってくれてましたが、
母の負担になることはわかっていたし、
自分のやり方次第(そして学校の先生のサポート)でやっていけると信じて、中高受験も大学受験も塾や通信教育等には頼らず
自分を信じ貫いてきました。

大学受験の話

以前わかなが書いてくれたので触れておきますが、
僕は高校時代、国立の東京大学を目指していました。

国立大の場合、母子家庭の学生は授業料免除等の制度を受けやすいという情報も仕入れ、
また、幼い頃から「一番」を目指すのが好きだったので
東大を目指したわけです。

母や祖母など家族や、高校の先生方の支えもあり
期待を背負って自信満々に試験に臨みました。

しかしながら、結果は不合格

いつも元気で明るい笑顔の絶えない母が、
初めて僕の隣で涙を流しました。

その時の気持ちは、言葉では言い表せません。

その日は僕の人生で初めて、落ち込みました。

合否発表から2日後、一通のハガキが届きます。

それは、不合格者に郵送される「入試成績」というもので
自分の得点が何点だったかが記載されています。

その年(平成27年)の東京大学(理科1類)の合格ラインが「322.9556点」。

そして僕の点数は「322.4111点」。

僕は、ほんの0.5点差という点差で、
合格に届かなかったということがわかりました。

0.5点差というと、具体的には英語のスペルミス一つや誤字脱字一つ、センター試験のマーク選択ミス一つというような、ほんのわずかな点差です笑

その結果を見て、僕は「悲しい」「悔しい」のような感情よりも先に、
「なるほど」と思ったんです。

運命的でもあり、自分で選んだ道なんだな、と。

当時合否発表の3月時点で、
僕は慶應大学(と早稲田大学)に合格していました。

東大には実力が及ばなかったとか、
運が悪かったとか、
そんなことではなく、

僕は自ら、慶應大での活躍を選んだんだと、納得しました。

ちなみに慶應or早稲田で慶應を選んだのは、早稲田大の場合は栃木の実家からギリギリ通える距離のため、早稲田を選ぶ場合は実家通いになる話がありました。僕は思い切って実家を出て、一人暮らしをしたいと考えました。新しい環境で、更に自分を高めていきたいと思い、慶應大学に進学し、横浜に一人暮らしを始めました。

しかし僕の家は、私立大学に通うほどのお金はとうてい用意できない。
母の収入だけでは、学費だけで既に、家計の半分を圧迫してしまいます。

でも、僕は前述の通り、
金銭的な理由で自らの道を諦めたくありませんでした。

自分には、この頭がある。

“汗水垂らして必死に働く”という方法もあるけど、
そうではなく、僕はこの頭を使って、自らを切り開いていこうと。

私立大学にも、成績優秀の人への奨学金制度や生活の補助制度など、やりようはいくらだってあることを知り、「僕なら絶対に大丈夫!」と、慶應大学への進学を決めました。

入学して最初の1年は、
母が一生懸命働いて貯めてくれていた貯金を学費に充ててもらいました。

母の支援に感謝してアルバイトもしつつ、
履修した科目で好成績を修め、
2年目以降には幸いにも奨学金を受け取ることができ、
学費の一部を賄うことができました。

大学に進学して、大学の名前で「一番」が決まるわけでないことを実感しました。

僕の大学にも、いろんな方面での「一番」の人がたくさんいます。

僕も「一番」が好きですから、
小・中・高と何かと人前に立って「一番」の道を進んできました。

大学生になり、3年生までは経験と学びの時期でした。

人前に立つというよりは、様々な分野の様々なことにチャレンジ。

勉強も遊びもなんでも、とことんチャレンジしてきました。

そして、わかなと出会った大学4年生の夏

この時から、僕はまた、
僕の持ち味である「一番」をどんどん進むようになります✨

わかなの支え

わかなは、僕の良さを最大限に引き伸ばしてくれます

僕の持つ潜在的な可能性や能力を引き出して、
より広い視点で高め、伸ばしてくれる。

僕の研究や勉強・お仕事、どんなことも
応援の言葉、食事、健康、
体のマッサージや心のマッサージ、
高い次元の視点で、心も体も整えて、支えてくれて。

喜びを分かち合って
普段のちょっとした成功や達成を
大いに祝福してくれて。

大いに褒めてくれて、伸ばしてくれます。

そうして僕も
もっともっと高いところへ登って
まだまだ見たことのない物凄い感動の景色を
わかなと一緒に見ていきたい!

と、意気込んで、更に更に頑張れる。

わかなと出会った大学4年の夏から
僕はそれまで以上に飛躍的に、活躍する機会が与えられました。

大学での研究がうまくいき
大学内での発表の場では最優秀賞を総なめ

学外での研究発表の場(学会)などでも、一番の賞を受賞

研究以外にも、本の執筆や
新たなお仕事の話など
様々な面で「一番」の道を歩んでいます。

そのような業績が認められて
今年は幸いにもまた奨学金の受給もでき
更なる発展を目指して、より一層頑張っています。

わかながそばに居てくれるからこそ、僕は輝いていける。

僕の輝き方を、わかなは一番に理解してくれて。

わかなと共に、感動と喜びを実感しています✨✨


大学の顔に!インタビュー掲載と、愛情たっぷりのお祝い

そしてこの夏
その業績を讃えて取材をさせてくれないかと
大学からお声がかかり、

慶應大学のホームページに、
インタビュー記事が掲載されることになりました

わかなと共に活き活きと歩んできた、活躍の道の中。

いわば大学の顔となるような、嬉しいオファーに、
僕とわかなとで大いに喜びました✨

4時間にも及ぶインタビューと写真撮影を経て
先日ついに、ホームページに掲載されました!!!!✨✨✨

そうしてウキウキの気分で家に帰ると……

!!!!!!!!!

豪華すぎる!!!
お祝いの食卓!!!

お祝いのシャンパン、絶品の手料理、部屋の飾りつけまで、
世界で一番のお祝いを、わかながしてくれました💕💕💕✨✨✨

おめでとうー!!!!!!!✨✨✨
ありがとうー!!!!!!!✨✨✨

美味しい!!!

嬉しい!!!

最高に華やかな祝杯を挙げました!

わかなはいつも、こうして、最高のお祝いをしてくれます❤

普段の食事でも、ほかのどんな高級なレストランの食事よりも、わかなの料理が一番美味しい✨

愛情たっぷりのご飯と共に
ふたりでここまで来たんだね!と
お互いを褒め合い、

僕らにとってまた一つ、
僕とわかなだからこそ達成できた感動と喜び
思いっきり堪能しました💕

そうして僕はまた、
より一層活き活きと
研究やお仕事を頑張れるんです✨

大好きな大好きなわかな、いつも本当に、ありがとう💕

これからもずっと、ふたりで最高の感動を見ていこう✨

そして、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!

今後も更に頑張って、ふたりで活躍していきます!✨

「ハッピーわくわくプロジェクト」
これからも、僕とわかなの幸せとわくわくを、このブログに綴っていきます。
そうして、どんどんと幸せの波動を広めていきたい!!✨

今後ともよろしくお願いします!




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